トンボロを歩いて江の島へ上陸してきました~!
トンボロを歩いて江の島へ上陸しよう! という、トンボロを新たな観光資源とするイベントが行われているというのを𝕏で知り、お~! タモリさんも大好きなトンボロ(陸繋砂州)を歩いて江の島に渡れるって楽しそうだよね😊 行ってみようか! 貝殻拾いついでに😅
ということで、貝殻拾いついでなので、鎌倉駅→材木座→由比ヶ浜→長谷駅→腰越駅→片瀬東浜→江の島トンボロ→片瀬西浜→鵠沼海岸→鵠沼海岸駅 というルートで行ってきました~😃 歩き疲れましたけど💦
貝殻拾いの成果は… ぜんぜんダメ💧 由比ヶ浜も片瀬西浜も機械を使っての清掃、重機での砂の移動が行われていて、貝殻は過去最少のナッシング状態💧😢
なので、江の島トンボロに至るところを記録しておきますね。
江ノ電を腰越駅で降りて、片瀬東浜に入り、
彼方に見える江の島~
あの橋のところが既に砂州が繋がっているハズです。
江の島に近付くと…
お~!繋がってますよ😃
それより、人いっぱいだね😅
トンボロを歩いて行くと、橋桁の間から富士山が見えた~🗻
江の島に近付いたので、トンボロを振り返る…
トンボロを歩いて江の島へ上陸しよう!イベントの時だけ仮設階段が設置されるので、めでたくトンボロを歩いて江の島に上陸できました😃
上陸記念の「デジタル版 トンボロ記念証」もゲット‼
トンボロの説明もよく読んでおきましょう。
トンボロとは
江の島は、大きく潮が引くと陸続きになり、この地形を「トンボロ」と呼びます。トンボロはイタリア語で、日本語では陸繋砂州(りくけいさす)といいます。
波は、島のような障害物があると、回り込んで進みます。波は同時に砂を運び、島と海岸の間には、砂が集まり、トンボロができます。
江の島のトンボロは、自然現象のため、必ず現れるとは限りませんが、潮位がおよそ20cmより低くなる時に現れます。
トンボロは江の島以外にも国内や世界各地で見ることができます。
(解説・写真提供:新江ノ島水族館・なぎさの体験学習館)『吾妻鏡』という鎌倉時代の歴史書には、1216年1月突然江の島の海に道が開け、船を使う必要がなくなって国中の人々が集まった、とあります。将軍源実朝をはじめ大勢の方々が驚いて神のおかげではないかと思ったとのことです。また、1600年6月徳川家康が江の島を訪れています。その時の記録によれば江の島に向い弁財天参詣したのですが、ちょうど干潮だったので一行は徒歩で渡り、帰路は潮が満ちてきたので、船で帰ったとあり、潮の満ち引きでトンボロが現れる様子がわかります。
参詣者がトンボロを歩いて渡る様子を描いた浮世絵も数多く残されています。
(解説:江の島・藤沢ガイドクラブ 浮世絵:江の島神社蔵 相州江之嶋弁才天開帳参詣群集之図 歌川広重)
ところで、トンボロを歩いていても、いつもの貝殻拾いで砂浜を歩いているのとさして変わらず、あまり「トンボロ感」が無い💧
江の島に上陸してから、+2メートルほど高いところからトンボロを見ると…
そう、これこれ! これだと少しトンボロ感がありますね。やっぱ、トンボロは上空から見ないとね~
そういう画像あるよね? と🔍したら、ありました!
⇒江の島の「トンボロ」を歩いてみよう|藤沢市観光公式ホームページ
👆この動画のポイントは、トンボロに人が少ない! ことです。
トンボロを歩くなら人が少ないときがいいな~ できれば、トンボロを独り占め! みたいなのがいい😅
それに比べ 相州江之嶋弁才天開帳参詣群集之図(歌川広重)👈人が多すぎ!😱
神奈川県立歴史博物館によりますと『江の島の弁財天は、技芸の神として信仰を集めた。特に音曲の世界では講中を組んで江戸から参詣することが多く、六年に一度の開帳の時は、多数の参詣人で賑わった』そうです。でも、まだ橋の無かった時代、こんなに大勢の人たちがトンボロを渡り、弁財天にお参りし、帰ろうとしたら… トンボロが消えてた💧💧💧ってことなかったのかな?😅
浮世絵でひも解く弁財天信仰|タウンニュース藤沢版によりますと『江の島が広く知られるようになったのは、江戸時代の江の島詣の流行によるところが大きい』そうで、『特に巳年と亥年の「ご開帳」』👈ここが江の島詣MAXだったんでしょうね😃
来年(2025年)は巳年ですが「ご開帳」あるのかな?
⇒ご宝物|江島神社について 『奉安殿にて公開』されてるのか。
でも、巳は弁財天のお遣いらしいので、巳年に行った方がご利益ある?
あ、12日ごとにやってくる「巳の日」に行けばいいのか⛩🐍
この記事の江戸の川柳が面白かった。
⇒「江島詣」(えのしまもうで)の魅力~信心半分と遊山|Web版 有隣
『江の島を見て来た娘自慢をし』
江戸から徒歩で江の島まで行ってきたんですから、ちょっと自慢したくなりますよね~😅
江戸時代は江島詣(えのしまもうで)と大山詣(おおやままいり)が大人気だったそうですが、大山は女人禁制だったので、江の島が女性の人気スポットだったそうです😊
※関連記事:貝殻拾いでトンボロといえば、沖ノ島(千葉県)ですね~
2021/12/20 館山レンタサイクルで貝殻拾いの海岸巡り:沖ノ島→塩見→坂田
トンボロ(陸繋砂州)で陸続きになった島を陸繋島(りくけいとう)と言うそうですが、日本は周囲を海に囲まれ島がいっぱいあるから、陸繋島もいっぱいあるんですね。
⇒陸繋島|Wikipedia 主な陸繋島
⇒江の島|Wikipedia 地質・地形
『関東地震で島全体が隆起して以降はほぼ地続きである』 あら、そうなの!?
『対岸の片瀬川河口付近の形状が時代とともに変遷し、満潮のときのみ冠水した時期、常時陸続きとなった時期とあり、砂嘴の位置も移動している(2009年5月現在 … 満潮時には冠水する)』 ということは、陸続きになっている時間の方が長いの?
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